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執筆者の写真Akira Sugawara

少年の心


 今日ふと持っていたペットボトルを板が連続して重なっている壁に当てながら、歩いていました。とっさにやってしまったのですが、同じことを小さいときやっていたなと思い出しました。男の子なんかはよくやると思うのですが、持っているものを歩きながら、でこぼこしたとこに当てて音を楽しむ、あれです。やみくもにものをたたいて、音を楽しむ、あれです。なぜかとっさにやってしまい、やった自分にびっくりしました。でも懐かしくも感じました。

 社会人になって、長時間歩いて通勤するなんてことはあまりないので、脳が幼き頃の自分と間違えてしまったのでしょうか。でもおかげでいろいろと幼き頃の自分を思い出しました。長めの棒を見つけては振り回し、何でもたたいては音を出し、小さな段差があればのぼって歩き、原っぱがあれば迷わず飛び込み、川があれば何かを拾って投げ込む。直進して歩くことはなかったです。蛇行して蛇行して、10分で着く距離に40分かけて、自ら汚れにいって。女の子はあまりないかもしれませんが男の子は何かしら経験があると思います。男の子は戦隊ものやヒーローものが大好きなので、ただの木の棒が時には、剣に見え、ただの草花や木が悪い敵に見えてしまうんですね。好奇心旺盛なので、ものをたたくと音が出る事実に気づいてしまうと、持ってる棒がドラムスティックに見え、周りのモノすべてが打楽器に見えてしまうんですね。そんな過去の自分を思い出し、少し楽しくなってしまいました。

 今は木の棒なんて、拾いもしないし、ペットボトルはただのゴミです。必死にゴミ箱を探します。いつから、昔のような純粋で自由な発想がなくなってしまったのでしょうか。年を重ねれば重ねるほどに考えることは多くなり、内容も深刻さを増します。そんなファンタジーなことを考える余裕がないのでしょう。小さい子は遊ぶことが仕事ですから、何も難しいことは考えず、ファンタジーな生活をしています。もちろん大の大人が、子供たちと同じ行動をしてしまったら大変なことになってしまいますが、同じような発想、好奇心、自由さは持っていいのではないでしょうか。

子供は楽しんで良くて、大人は楽しんではダメなんてことはないと思います。

何か周りのせいにしたり、自分で自分を抑え込んでいるのはもったいないです。

世の中のほとんどは自分次第でどうにでもなるものだと思っています。

僕らからすれば、小学生以下の子たちはガキですが、おじいちゃん、おばあちゃんたちからしたら、まだまだ僕らもガキです。ガキのうちはもっと自由で良いはずです。

自由に考え、自由に行動して良いと思います。考え方1つで人生が豊かにも乏しくもなります。豊かな考えが、豊かな言動、行動を生み、豊かな言動、行動が豊かな人生を作ってくれると思います。

※長めの徒歩、短パン、夏、動きやすい靴、自然、NO音楽。これらの条件を満たしたとき、男性陣の脳は少年時代と勘違いしてしまうので、ぜひ社会に追われてる男性の方々はやってみましょう。


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