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執筆者の写真Akira Sugawara

成長は人間の喜び


 海外は自分が知らないことだらけです。文化も、言葉も人種も違いますし、美容の技術も違います。その知らない技術を知ったとき、知らない文化を知ったとき、すごい楽しんでいる自分がいます。それは、知らないことを知ったことにより、自分が少しでも成長したと感じているからかもしれません。

 人は何がしているときが嬉しいのか考えてみました。ゲームで勝てなかった敵に勝てたとき、サッカーでうまいプレーをしたとき、出来なかった技術が出来るようになったとき。人生には様々な喜びがあります。でもよく共通しているのは、自分の成長を感じたときなのではないかなと思いました。もちろん日常の中に、小さな喜びはたくさんあります。ですが喜びの中でも、心の底から感じる喜びは、自分の成長が絡んでいることが多いような気がします。

 人間は成長を重ねてきて、今があります。成長してきた長い歴史があります。成長しなければ、今の世界に生き残ることは出来なかったと思いますし。ただ何もせず、成長しなければ滅んでいたと思います。

人は自分にとって何かうまくいかないとき、自然と解決策を考えると思います。深く考えてなくても、脳が自然に考え、体が自然に動いています。それはこれまで進化してきた人間としての本能だと思います。

だから、成長することは使命であり、それが自然と喜びに変わるのは当たり前のことなのかもしれません。その成長が自分で実感できたとき、大きな成長をしたとき、より大きな喜びになっていくと思います。

 常に何かに挑戦している人、向上しようとしている人はどこか魅力的です。それは人間の本能が客観的に見て、そう感じさせるのではないかと思います。

若いときは、毎日が成長です。学校生活、入社して数年、成長を感じることが出来る環境が身近にあるので、自分が成長していると感じる機会は多いと思います。でも、ある程度年を重ねたとき、その環境に慣れてしまったとき、自然と成長を感じることは難しくなると思います。そういうとき、いつもと同じ生活リズムで、大きな変化がなく、変哲もない生活になっていくと思います。成長を感じれない人生は、喜びが少ない人生になってしまう気がします。

何か自分に喜びが少ないとき、それは自分の中の成長を感じれなくなっているからかもしれません。そういう時は、成長する環境を自分で作ることで、喜びのある人生になっていくと思います。

何か目標をもって、挑戦すること。それだけで大きく人生が変わる気がします。

 人はどこかを栄に衰え始めます。成長を感じなくなったとき、年を重ねて、出来ていたことが出来なくなったとき、自分の劣化を感じたときは人は大きなショックを受けます。それも人間の本能な気がします。人生死ぬまで、成長し続けることは不可能です。だからこそそこで、何歳になろうとも、何か小さな成長の場を作ることで、衰えを感じながらも小さな人生の喜びを感じれるのではないでしょうか。

 自分の人生を楽しんでるおじいちゃんになりたいです。


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